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ウサギ柄の着物で3つのお祝い 


D700+AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VR II


(ここにモナカの写真があったんですが、公開は終わりました。ごめんなさい。)


この↑写真は、娘・モナカの3つのお祝いの記念写真を、カメラで撮ったものです。
かれこれ13年前の写真となります。
綿のはいった被布の厚みのせいでしょうか、
少々、背中が丸くなり、
そのせいか、どこか小さいおばあちゃんみたいな雰囲気もあるんですが、
あっちをむいて写っている笑顔があどけなくて、わたしはとても気に入ってる写真です。
これね、評判のよい、町一番の老舗写真館で撮ってもらったんですよ。

ちなみに被布(ヒフ)とは、↓↓着物の上に羽織る袖なしで丈の短い上着のことです。
g112.jpg

この着物は華やかな柄でも、高価なものでもありませんが、
普段でも着れるウサギ柄の可愛い着物で、
おばあちゃんが、そろえてくれました。
モナカは3つのお祝いが終わったあとも、
このウサギ柄の着物を着る機会を、心待ちにしていたので、
お正月や、ひな祭りなどに着せてやりました。
そして、鈴の鳴る草履を履いて、
近くの本屋さんや、お菓子やさんまで歩いて買い物にいき、
顔見知りの人に
「あれあれ、モナカちゃん、お着物で可愛いね~。」、
なんてお世辞を言われると、
はにかみながらも、うれしそうにしていました。
毎年、着ていたかったようなのですが、
みるみる身体が大きくなって、数年後には、つんつらてんになってしまいました。

髪型は、わたしの希望で、おだんごに赤い鹿の子を結んであるシンプルなスタイルです。
朝早くから、おばあちゃんの行きつけの美容院で、
長い髪をグルグル巻かれ、お釜のようなドライヤーにはいり、
大きなお団子を結い、スプレーをシューシュー吹きつけられ、
生まれてはじめて、小さな唇と頬に紅をさしてもらいました。
女の子というのは、どんなに小さくても、可愛くなれることは、大きな喜びなんでしょうね。
「今日は皆の注目を集める行事で、大変身したわたしが主役。」、
ということを、言わずとも察します。
普段はちょこまかちょこまかし、
だだっ広いジャスコのフロアで迷子になりかかってベソをかき、
どこにいっても目の離せない2才児だったのですが、
このような日は、
美容院のイスに、一時間、二時間と、難なく座り続けることができるのでした。

その後は、典型的な七五三の一日で、
神社で祈祷、
写真屋さんで撮影、
紅白饅頭と赤飯持参で親せきまわり。。。
と、着慣れない着物を着せられた2歳児が、どうなることかと思いましたが、
終始、きげんのよい3つのお祝いとなり、親は助かりました。

そして、この数年後に七つのお祝いもあるんですが、
その時もまた、わたしは町一番の写真館に、(おそらく)誰よりも早く予約をいれました。
ななつのお祝いは、それなりに華やかな装いにしたので、
写真といっしょに、その様子もああだこうだと話をしたいんですが、
成長し、現在の容姿に近づきつつある、ななつの祝いの娘の写真をブログに載せることがためらわれるのと、
肝心のモナカ本人の許可を得ていないので、今回はやめておきます。
(3つのお祝いの写真については、本人の許可は得てあります。)

現在、大きくなったモナカに生意気なことを言われ、
それが成長の証だとわかっても、
わたしは、おもしろくない時があるんですよ。
ましてやそれが正論だと、
頭の中で子の成長を喜びつつも、他人に言われた時より悔しいという複雑な心境になります。
そんなときは、このあどけない3つのお祝いの写真を見て、
このころのモナカと手をつないで、本屋にいって絵本を買いたい。。。
なんていう妄想をして現実逃避をするんです。

それで、
「娘のことばかり書かないように気をつけますから。」、
といったそばから、
娘のことばかり書いていて、すみません。
今は、これまで書きたかったのに、書くにかけなかったことが、あふれかえっています。
ほとぼりが冷めれば落ち着くと思いますので、適当に、あしらって読んでくださいね。

さらに順番がめちゃくちゃになりましたが、
モナカという名前は、もちろん娘の実名ではありません。
本人が、たいへん最中を好むことと、(アイスのモナカではなく、あんこの入った和菓子のほうです。)
白玉モナカという響きと雰囲気がよいので、モナカにしました。
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2012.01.31 Tue 20:25
カテゴリ: 近くにあるもの
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いちご大福とイチゴ大福柄のクロス 

g100.jpg
D700+AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VR II

イチゴ大福柄のクロスは、手ぬぐいの素材です。
濱文様さんのもので、娘が高校のお弁当の時間に、机の上に敷いて使っています。
以前より、このイチゴ大福柄のクロスの上で、いちご大福を撮ったら絶対に可愛いはずだと確信していました。
本日、やっと実行に移すことができました。



D700+AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED

淡いピンクのお餅と赤いイチゴと、ちょっぴり白あん。
乙女ちっくな色合いで構成された、ほんとうに可愛らしい大福です。


g102.jpg

撮影後にひとつ食べちゃいました。
美味しかったけど、ふたつは食べてませんから。

g103.jpg


さて、
自分の場合、
これといった目的がなくて、
ふらふら散歩しながら撮影するのも楽しいものですが、

撮りたいものが、ちゃんとあって、
だいたいのイメージも出来上がっている中で撮る写真って、
すっごく楽で気持ちいいです。
快楽といってもいいほどに。

また、
書きたいことが、ちゃんとあって、
だいたいのイメージも出来上がっている中で書く文章も、
とっても楽で気持ちいいです。
快楽といってもいいほどに。

写真も文章も、こんなんじゃダメだ。。。へたくそ、ダメダメ。。。と、
苦しいばっかりだったら、撮ったり書いたりしてないですよね。

そのかわり、
書きたいことがあるので更新したいけど、
ブログを更新するには写真がないので、
なんか撮らなくちゃ~といった気持ちで撮る写真って、
その場を取り繕うためになるせいなのか、かなりの確率で良いのが撮れません。
ならば、誰も頼んでいないのだから、
更新するのをやめればいいのですが、
自分の書きたい方の気持ちが強いから、写真がダメでも妥協して、更新します。
(写真なしでは、自分が寂しいので。)
そういう写真は、ほんとに自己満足度が低いです。
自分の満足度が低いような写真は、
人が見ればさらにダメで、本当につまらない写真だということもわかっています。

そうはいっても、
撮りたいものがいつもあって、
書きたいこともいつもあればいいんですが、
いつもいつも、そんなにうまい具合にはいかないのと、
「両方が整うまで更新をしない。」というルールで自分を縛るのは、
わたしのような人間には、辛すぎる縛りです。
そういったわけで、
「書きたいことがあるから、なんか撮らなくちゃ。。。」、
と思って撮った、その場を取り繕うような写真であっても、
この先も載せていくことになります。

今日も、イチゴ大福のことだけ書いて、やめればいいのに、
長々、書いてしまいました。
このブログにおいでくださる方のすべてが、最後まで記事を読んでくださるとは思っていません。
おそらく、読んでくださる方は半分もいないのでは。
予想では、2割。。。いや1割かも。
ですので、大事なお時間を使って、
最後まで読んでくださる方、読んでくださった方、
今日もいつもいつも、ほんとうにありがとございます。
2012.01.27 Fri 15:52
カテゴリ: おいしいもの
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ガーベラと肝炎医療費助成制度で思うこと 


D700+AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VR II

黄色いガーベラの花言葉は、「光に満ちた」です。
こちらは、昨日より冷たい雨がシトシト降り続いています。

g021.jpg

ピンクがあると、ピンクを選んでしまうのですが、今日は珍しく、この色が欲しくなりました。
この2本と、大きな麦のような形の植物が一本ついて、なじみのお花屋さんで198円でした。
ガーベラは花がお辞儀をしたように、下を向いてしまいやすいんですが、
以前、ちょっといいお花屋さんでガーベラの切り花を買ったら、
目立たない色のワイヤーで花の部分のアシスト?っていうんでしょうか、
支えを器用に作ってくれて、感動しました。


さて、C型肝炎のペグインターフェロンの治療を、母が受けはじめたのですが、
この治療は、健康保険の3割負担の人で、
一回に払う金額が約2万円程度になります。
その流れで考えますと、1ヶ月の合計では、およそ10万円の負担になります。
治療の期間は、肝炎の「型」によって、半年、または1年となるのですが、
半年続けば60万、1年続けば120万円必要で、
たいへんお金がかかる治療だと言われてきました。
実際には、高額療養費の制度で1ヶ月の上限が8万円程度になったり、
さらにそれが数ヶ月続くと上限が4万円程度になったりで、
もう少し安くなりますが、
それでも、高額な負担が長期にわたって続いてしまうため、
医療費の心配から、治療のチャンスを逃してしまう方も数多くおられたに違いありません。

ですが!、
ありがたいことに2008年より、公的な助成制度が使えることになり、
今は1ヶ月の上限が原則1万円となりました。(高額所得者は2万円。)
これによって、
半年(合計24回)の人は、合計6万円
一年の人は、合計12万円の負担ですむといったイメージです。

そんなわけで、母の肝炎治療の助成制度の申請書類をもらいに、
最寄りの保健所にいってきたんですが、
そこで重要なことを教えてもらいました。
「受給者証交付後、適応となるのは書類提出月からで、それ以前にかかった治療費は適応にならない。」
ということです。
提出する書類は、
世帯分の課税証明書世帯全員の住民票が必要で、
それらは即日、もらってこれますが、
問題は、「医師の意見書(診断書)」で、
お医者さんに書いてもらう書類って、それなりの時間がかかりますもんね。
つまり、1月からインターフェロンの治療をはじめていても、
意見書を書いてもらうのが2月までかかり、
保健所への提出が2月になれば、
1月の分は適応にならないんだそうですよ。(健康保険で普通に支払い、戻ってはこない。)
なんだか意地悪。。。というか、患者さんに優しくないような感じがしましたが、
そういうことになっているようなので、
肝炎で、インターフェロンの治療を受ける予定の人の中で、
助成金の利用を考えている人は、
治療の予定がたった時点で、さっさと早く動いて申請をしなくちゃですよ!

実はたまたま昨日、保健所に出向いて、
尋ねてみる気持になったのですが、
一昨日までは、
「健康保険で普通に払っておいて、24回、全部終わってから申請して、
まとめて戻してもらえばいいや。」
と、勝手に決めつけ、悠長に構えていたんです。
こんなことをしたら、母は一円も助成してもらえなくて、恨まれちゃうところでした。
早く知ってよかったです。

こういった助成金があるということも、
患者さんが黙っていても病院側から、
「肝炎助成金の制度がありますから、保健所に行って、早めに手続きをして、利用してくださいね♪」
な~んて教えてくれるわけではないので、(病院によって違うのかもですが)、
自分で調べて、さっさと動かないと、使えるようになりません。
お年寄りや、のんびりした人は、
こういった制度があることすら、知らないままでいるんじゃないのかとも思いました。
2012.01.21 Sat 15:12
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理想的なキーワードとGoogleのロボットが理解できません。 

g010.jpg

まだ、お正月っぽい玄関なので、これも片づけて、そろそろ2月っぽくしなくちゃですね。
ちなみにこれは、空き箱を可愛い風呂敷で包んで飾ったディスプレイです。
(誰でも思いつきそうですが、)思いついた時は、自画自賛してました。



サランラップの芯と、トイレットペーパーの芯が、好きなんですよ。
サランラップの芯では、ひっぱりっこして遊んでやります。
ビスケも、ちゃんと手加減を心得ています。
でも、噛んですぐにボロボロになってしまいます。
没収すると、すごくがっかりして、あちこち探している様子が可愛いです。
丈夫そうな犬歯でしょ。


さて、このブログに来てくださるきっかけですが、
以前は、プーペガールやアメーバピグで遊んでくださった方が、
こちらにも来てくださるという流れがありました。
でも、プーペは2009年に、ピグは2010年に脱会していて、
その後はSNS関連はやっていません。
ですので、今現在は、何らかのキーワードで検索から入っていただき、
このブログに来てくださるという流れが、ほとんどではないかと思います。
どんなキーワードでも、それがきっかけとなって、
見てくださるのはありがたく嬉しいことで、
見てもらってる方が、あれこれ言える立場ではないのですが、
あえて書きますと、
その中でも最もいいなあと思う流れは、お花の名前で検索しておいでくださることです。
たまにですが、このブログも、
「(花の名前)を検索し、ブログを見るようになりました。」
とメッセージをいただくことがあって、
それってロマンチックで、理想的だと思うんですよね。

そして、ここ最近、これまでよりも多くの人が急に訪れてくれるようなりました。
急増というのは、なんらかの要因があるはずで、
思いあたる変化は、自分に、可愛い娘と亡き夫がいたことを書いたことなのですが、
それが要因で、人が増えるっていうのも、たいへんおかしな話です。
そこで、解析を調べてみましたら、わかりましたよ。
増えた数のぶんは、
「ユースキンパック」、「がってん塗り」、というキーワードで、検索からおいでいただき、
昨年の9月ごろ書いた 「ユースキンパックとがってん塗りにトライ」 という記事を見にきてくださるようです。
今日はひさしぶりの雨降りですが、最近は空気が乾燥しまくっていますので、
ユースキンパックや、がってん塗りを試してみたくなる人が、多くいるってことなんだと、
一度は納得したものの、
本格的な美容のサイトも星の数ほどありますし、
自分のブログに来てくれる理由ってなんでだ?、と再び疑問を感じてしまいました。
そこで自分もGoogleで検索してみたら。。。
「ユースキンパック」のキーワードでは、上から2番目。
「がってん塗り」のキーワードでは一番上に、この記事が表示されているではないですか。
自分が書いたユースキンパックの記事を読み返すと、
参考になるとも思えない内容なので、来た人はがっかりして帰るに違いないと思いました。

それで、このGoogleで上の方に検索される仕組みって、なにがどうなってそうなるんでしょうか。
その理由を知りたくて調べてみたんですが、
検索ロボットがどうのこうのと、さっぱり意味が理解できません。
ようするに、検索ロボットに、この記事が好かれたってことでいいんでしょうか?
検索ロボがピピッときて上の方にあげてくれたってこと?
わかる方がいらっしゃいましたら、ど素人でもわかるように、
噛み砕いた言葉で教えていただけませんでしょうか。

ちなみに、自分の理想とするロマンチックな花の名前では、かすりもしませんね。
いずれにしても、せっかく見に来てくれるし、
こんなことは、自分なんかのブログではめったにないように思うので、
乾燥がひどい間に、もう一度、身体をはって、ユースキンAパックを試し、
もっと参考になりそうなことを、追記しておこうかと思いました。
2012.01.20 Fri 17:25
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ウサギの手さげバックとジェントルな16才 

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これは娘が、幼稚園にあがるときに、おばあちゃん(母)が作ってくれた、
ウサギの手さげバックです。
こんなふうに作ってほしいと、
わたしが本屋で盗んできたデザインを伝え、そのとおりに作ってくれました。
このウサギさんは、それぞれ微妙に違う方向をむいていますが、
白い布をウサギの形に切って、折りこんで、一針一針、まつり縫いしてあるんです。
ただならぬ根気のいる仕事だと思います。
もちろん、裏側にも3匹いて、このほかにも、お弁当袋、上ぐつ袋、体操着袋も同じシリーズで
手作りのウサギさんを縫いつけて、作ってくれたんです。
長い間に娘がつけてきたシミもありますが、
10数年、何度も洗っているのに、ウサギさんは当時のままの愛らしさです。

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D700+AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED

細かく綺麗に、まつってくれてあります。
目と鼻は刺しゅうです。
わたしなら、一匹作れば、精根尽き果て、吐きそうになると思います。
娘も大のお気に入りで、幼稚園、小学校、中学校(音楽の授業用のバックに)とずっと使い続け、
さすがに高校にはもっていきませんが、今も大事にしまってあります。
わたしは、娘が使ってきたものでも、
この先は必要ないと判断すれば捨てられる方で、
厳選したものしか保存しておかないのですが、
おばあちゃんの努力の賜物の、ウサギさんバックのシリーズだけは、永久保存と決めています。

今日は娘の学校のことを書きます。

娘は、幼稚園はキリスト教の私立の幼稚園で、
小学校、中学校、高校共に公立の学校です。
中学校の時は、ほんとうに様々な子がいました。
もちろん、たいへんしっかりとした子もいますし、大半は普通の子です。
けれども、何をどうすれば、そんなふうに育つのだと思うような行動をとる、
極端に社会性に欠ける子も、少なからずいました。
娘は、酷いいじめにあったとか、
耐えがたい被害を受けたいうようなことはなかったんですが、
それはとても幸運なことで、
誰がいつ巻き添えをくっても、おかしくない状況でもありました。
それでも、時折、思ったことを考えなしに口にするような浅はかな男子から、
心ない言葉を浴びせられ、涙をこらえて帰ってくることもありました。
娘は、理不尽なことを言われても、
その場でポンポン言い返すようなことはしないタイプなので、
悔しさを、胸の中でふくらめてしまうのでしょうね、
わたしの顔を見るなり、涙がこぼれることもありました。
娘に泣かれるのは、親からしたら切ないものなのですが、
そうはいっても、こんなことは、誰もが経験する、よくある話なんですよね。
そして、そういう社会性がない子がクラスに数人いれば、
それに流される子も数人いて、
それがどんどんと広がるため、
先生のいない自習の時間はもちろんのこと、
若い女の先生の授業などは、授業として成り立たず、
前列、数名のみで授業を進めているような状態です。
そんなとき、後ろの大半はお祭り騒ぎで、それが日常茶飯事のようでした。
真面目に授業を受けたい子にしてみたら、耐えがたい状況です。

ところが、高校受験後、
去年の春から通っている高校は、環境が180度かわりました。
娘のクラスは、42人中、男子が33人、女子が9人という、
女子が極端に少ない理系のクラスなんですが、
中学の時とは全く雰囲気の違う、ジェントルな男の子が多いそうです。
スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定校で、
科学の実験にくりくむ機会が多くあり、
二人ひと組で組んで、いろいろな実験をしているようなのですが、
器具の扱いに困っていると、「手伝いましょうか。」と手を貸してくれるし、
片づけで器具をモタモタ洗っていれば、「そのあとは、ぼくがやりましょうか。」と声をかけてくれるし、
さりげなく気をまわして、優しくリードして、実験を進めてくれるんだそうです。
入学当初は、
これまで娘が中学で接してきた男子たちと違う種類の男の子に接し、
「ほんとうに親切で優しい人たちなんだよ、ぜんぜん違うよ。」
と、感動していました。
(娘はさておき)、それはそれは優秀な子たちばかりなので、
ご両親もしっかりとされていて、
成績のことだけでなく、
「女の子には、優しく親切にするんだ。困っていたら、すすんで助けてあげなさい。」
と、そういった人として大事なことを、幼い時より繰り返し教えているのでしょうね。
でも、そういったことを教えてきたという話は、よく聞くんですが、、
それを微妙な年頃の16才の男子が、照れずに実行できるのは、すごいことだと思いませんか。
大人だって、照れちゃうし、親切にしたい気持ちはあっても、行動に移せる人ばかりではありません。
ほんとに、えらいものです。立派!
なので、娘には親切にしてもらった時は

1 しっかりお礼をいって、
2 数が少ない女子だからって、あたりまえだと思わずに、
3 いつか彼らが困ったときは、すすんで助けられるようにならなくちゃ!、

と言ってやったんですが、
気が利かなくて不器用なので、そんな機会はやってこないかもしれません。

さらにいっしょに実験で組んでいる人は、男子バレー部のホープでイケメンで。。。
なんて報告を聞いてばかりいると、
心底、娘がうらやましくなったり、
わたしも高校生に戻りたいと思ったり、
そんなイケメンに親切にされたら、自分なら好きになっちゃうよな。。。と思ったり、
そんな親切な人に将来、娘をお嫁にもらってほしいものだ。。。と思ったり、
次の文化祭の時には、その子を探してみなくては。。。と思ったり、
娘って、母親を楽しませてくれるんですよね。

宿題が鬼のように多く、
何のテストかわからなくなるほどテストだらけで、
そのたびに容赦なく順位が貼り出され、進度も超ハイスピード。
とにかく、めちゃくちゃ勉強させる学校です。
その中で将来へのしっかりとした目標をもって、励んでいる子が多いです。
ですので、そんな立派な子ばかりの中で、
娘がたいへんでないといったらウソになるのですが、
たいへんだけども充実し、学校が楽しくてたまらない様子です。
自ら選んだ学校に、いきいきとでかける娘を送りだせるのは、、
母親としてもこのうえなくうれしく、幸せを感じる朝のひとときです。

5時に起きてお弁当を作るのだって、
おかあさんたちって、実は、たいへんなんかじゃないんですよ。
作ってもらうほうは、作ってもらう人への感謝の気持ちを忘れてはいけませんが、
母親からしたら、なんだかんだ言ったって、
お弁当を作るという行為には、、
「かわいい我が子が元気に学校に行く。」、
という大前提があるわけだから、幸せなことなんです。
冬は1リットルのホットのハト麦茶(ハト麦茶はニキビ予防にいいんです。)をもって学校にいくのですが、
子どもの水筒を例のブラシで、毎日毎日ピカピカに洗うのだって、幸せなことなんです。
ご主人のためのお弁当だってそうですよね。
「家族を守るために働いてくれるダンナさんが、元気に仕事に行く。」
という大前提があるわけなんですもん。
「お弁当、たいへんよ~。」、
なんていうのは、幸せの「のろけ」として受けとるべきフレーズですね。
とにかく、こんな気持はわたしに限らないはずだから、
みんな、おかあさんにお弁当を作る喜びを与え、
手をかける喜びを与え、
そうやって、大きくしてもらうんですよね。

最後に、環境がよいとはいえなかった娘の通った中学校ですが、
他の学校を選ぶべきだったとは思っていません。
理不尽なこと、不公平なこと、自分の想像を遥かに超えた非常識な人間がいること、
社会にでれば、もっともっとたいへんで、ひどい目にあうはずなんです。
ずっと、「お嬢ちゃん」、「女の子」、のまま、
塀で囲って、嫌なものから守ってあげられればいいけど、人生はそうはいきません。
ですので、わずかかもしれないけれど、
あの中学校で耐性がついたことは、娘の人生においては収穫だと思います。
またあの環境の中でも、
自分の目標を見失わずにがんばれたことは、えらかったと思うし、
(まだ人生ははじまったばかりですが)、自分の努力で道が開けることも、
多少なりとも実感できたはずだと思います。
そして、今の高校の、ジェントル君なクラスメイトの素晴らしさも、
あの中学校に通ったからこそ、感じられることなんですよね。
2012.01.19 Thu 14:10
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ムスカリと母のペグインターフェロン+リバビリン療法の初日報告 


D700+AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED

まだ、ちょっとしか咲いていませんが、ムスカリです。
球根を植えると花が咲かなくても、小さなタマネギ畑みたいで可愛くて和みます。
もっと、たくさんの花が咲いてきたら、また撮りたいですね。
ムスカリの花言葉は、良い意味も悪い意味もたくさんあるようなのですが、
今日は、「寛大なる愛」で。

f992.jpg

ミニバラはジョイハートです。
真冬なのに咲いてくれました。
ほんの一輪、部屋にあるだけでも、気持ちが華やぎます。

さてさて、前回の記事で、
予想はしていたことなのですが、驚かれた方が多かったようで、
みなさんをびっくりさせちゃって、ほんとうにすみませんでした。
「これは一生、黙って続けていた方がよかったかも。。。」
と、一瞬、悔やみもしたんですが、
でもでも、もっと早い時期に書けばよかったのにもかかわらず、
コメントや拍手からのメッセージで、
思いやりにあふれたお言葉をいただき、声をかけてくださったみなさんのお気持ちが身に沁みました。
また、夫が亡くなっていることも書いたわけですが、
亡くなってから、今現在までの時間はじゅうぶんに経過していて、
気持ちの整理は、きっちりとついていますので、
おかげさまで、このとおり日々、元気に暮らすことができています。
ほんとうに、ありがとうございます!

更に、言い訳になりますが、
はじめる時は、気に入った写真に、
2、3行、かっこいい(ような)ことを書いて、
(つまり、ああだこうだと自分のことや、つっこんだ思いを書かない)、
そういったスタイルのサラッとした写真のブログにしようと思って、はじめたこともあります。
でも、あれこれ書いた方が自分もおもしろいのと、
読んでくださり、それを楽しいと言ってくださる方がいるのがうれしくて、
結局、あれもこれも書きつらねていて、
そうこうしているうちに、このブログも、もうすぐ4年目に入ります。
そこで、より長く続けていくために、
自分の家族のことを書いた方が、
今以上に自分自身が楽しく続けられるのではないかという思いがでてきたことと、
話題にできる内容と、写真の幅をわずかでも増やせるかもしれないという魂胆もありました。
そうはいっても、娘のことばっかりにならないように気をつけます。

そして先週、書きましたように、
母のC型肝炎の、ペグインターフェロン+リバビリン併用療法がはじまり、
昨日の1月16日は、その第一回目でした。
電車の中で、

母  「あの人ったら、あれほど月曜から毎週インターフェロンをやるって説明したのに、
    今朝、『人工透析をやるのか?』って言うんだよ。人をバカにしてると思わない?がっかりしちゃう!」


しろこ 「もうさぁ、理解する能力がないのかもね。いや、昔からだよね。人の話なんて聞いてないもん。」

母  「ったく、あのじーさんには呆れるわ。」

なんて感じで、いつものように父の悪口を言いあって、
雑談しつつ、緊張しつつ、恐れつつ、励ましつつ、病院にむかったのですが、
大きな病院によくあるように、
予約の時間を2時間すぎても呼んでもらえず、緊張感もダレダレになってしまいました。
それでもなんとか、昼過ぎに無事に第一回目を注射してもらい、
これで全24回のうちの1回が終わり、残り23回となりました。
はたして電車にのって、無事に帰宅できるのかと心配していたのですが、
注射した直後から、副作用がでるというわけではないようで、
遅めの昼食をとることもでき、
そのあとデパ地下のお惣菜を物色して好きなものを買って、
母も力をつけて帰ってくることができました。
初日は、夜にかけて熱がでてくる人が多いそうなのですが、
夜の8時前に電話をしたら、まだこれといった体調の変化はないそうです。

このブログには、「チュチュ・オプティマと巨大蜘蛛退治」の記事で、
母のたくましく大胆な一面を書いたことがあります。
でも、見た目は、155cm、47kg。
中肉中背の、どこにでもいる白髪混じりのおばあちゃんです。
写真を見る限りでは、若い時は、華奢で可憐でとても可愛らしく、
それを誉めると、

「そうそう。わたしは若い時は、ほんとに綺麗だったんだもん。みんなに言われたしね。」

と必ず自慢話がはじまっちゃうので、うんざりします。
若いころに綺麗だ綺麗だと言われてきたせいか、
年をとっても、どこかで自分は綺麗なんだと思っているところがあるようで、
誰かに誉められると、

「このあいだ、野原さんに、いつも綺麗にしているねって言われた。」

などと、報告がはいります。
でも、どこからどうみても普通のおばあちゃんです。

そんな母なんですが、
わたしは、いつも強烈に尻を叩かれて、前を向かせてもらってきました。
いろいろなことがあったんですが、
前回、夫が亡くなったことを書いた流れで、印象に残っている話を書きます。

配偶者のお葬式というのは、わたしに限らず、
誰もが心身ともに疲れはて、ヘトヘトになることと思います。
亡くなってから、準備、お通夜、お葬式と、全て終わるまで(終わった後もですが)、
こんなにもやることがあるのかと思うほど、忙しいものです。
そして、あたりまえのことですが、
親戚、近所の人、会社、仕事がらみの人、恩人など、ありとあらゆる方々に猛烈に気も遣います。
さらに気持が高ぶっているので、疲れているのに眠れない日が続き、
全て終わるころには、体力は尽き、わずかな精神力だけで、身体を維持しているかのようになります。
それでも、時間は刻一刻と過ぎていくので、葬儀一連の儀式は終了しました。
翌朝、娘は小学校に行きたいと望んだので、送りだしました。
わたしはその時ひとりになったせいで、
張りつめた気持が緩んだのでしょうか、
なんだか疲れがドッとでてしまい、
今日は少しだけ横になろう。。。と思い2階にあがりました。

時間は朝の7時半。
そこに、母がやってきました。
誰よりもわたしの力になって動いて支えてくれた母ですので、
絶対に同じように、それ以上に疲れているはずのに、これでもかというくらいシャキシャキして、

「あんたはいつまでも寝てるんじゃないよ!
Mちゃんは学校にいったんでしょ。
だったら、昨日もらったお香典の箱をもってきなさい。
しっかり数えて、香典帳を見ながら、
お葬式に来てくれた人を把握して、確認しなさい。
これからは、ここに書いてある家で不幸があったら、あんたがすべて行くんだよ。
そして、@@葬祭に支払う金額をきいて、今日、清算に来てもらいなさい。」


と、いつもの勢いで命令するではありませんか。

「ちょ。。。わかってるけど、少しだけゆっくりさせてよ~。いくらなんでも疲れたし。。。
葬儀屋さんも、支払いは1週間後でいいって、言ってたじゃん。」

「こういうことは、さっさとやるもんだって決まってんの。
それが終わったら、あたしが留守番してやるから、
お世話になった近所の人と隣組の人に配るお菓子を、
件数分、買いにいってきて挨拶に回りなさい。
それが終わったら、会社の方にも連絡をいれておきなさい。
時間があるなら、会社にも挨拶に行きなさい。
さっさと、着かえて! 早く化粧しな!」


「。。。。。うぇ~ん。。。」

その時は、ほんとうに、なんという鬼畜、なんという鬼ババア、
夫を亡くしたばかりの娘に、もうちょっと優しくできないものかと思いましたが、
後から思えば、母がいつもの調子で、強烈に尻を叩いてくれたので、
わたしは悲しみに浸る暇もなく、
亡くなったあとの様々な手続きや用事を、
数週間にわたってこなしまくり、
そうこうしているうちに、ガッツもわいてきたのだと思います。

でもね、葬儀屋さんの支払いは、
昨日の葬式、今日の支払いで、
まだ計算ができてませんと、結局は、しばらく待たされたんですよ。

「ほらみなよ。おかあさんみたいに、せっかちな人なんて誰もいないんだよ。まだお勘定ができてないってさ。」

と、その時は言ってやりましたが、
さきほど書いたように、わたしに悲しむスキを、できるだけ与えないためだったのでしょう。
それも母の愛だと、今は思っています。


そのあともよく言われたことは、

「気飾る必要はないけどね、
これまで以上に自分にかまって綺麗にして、
これまで以上に家の中も綺麗にしなさい。
Mちゃん(わたしの娘、母にとっては孫)のことが一番大切だけど、
自分の好きなことを楽しめるように暮らしなさい。
あんたが、しょぼくれることをAさんは(亡くなった夫)望んでいないよ。
それくらいのお金は置いてったと、天国で言ってるはずなんだよ。
それに、あんたがしょんぼりしょぼくれてたら、わたしだって悲しい。
そうなったら、Mちゃんが一番かわいそう。
わたしは、そんな姿は絶対に見たくないからね。」


というようなことです。
母らしい尻の叩き方です。
だいたいいつもこんな調子なので、ムカッと腹がたつこともあるんですが、
まだまだこれからも、強烈に尻を叩いてもらいたいです。
そして、わたしが下を向きそうなときは、
強制的に視線を前を向かせてほしいんです。

だから、今回の治療を、なんとか乗り切って、
C型肝炎ウィルスとは、きれいさっぱりおさらばして、
100歳まで長生きして、
100歳になっても誰かに綺麗だと言われて、
それを素直に受けとって、
嬉しそうな声で、いちいちわたしに報告してきてくれることを望んでいます。


----------------------------------------------------

と、ここまで昨日の夜、書いておいたのですが、
さっき様子を見にいってきたら、
昨晩遅く、38度ほどの発熱があって、もらってある解熱剤を飲んだそうです。
今朝は、5時に起きて、胃の中が空っぽだと薬が飲めないので、
おかゆを炊いて、父といっしょに食べたとか。
さすがに顔色が悪くて、いつもの元気はなかったですね。
でも、今のところなのかもしれないのですが、
想像していたような重い副作用に苦しんでいる様子はないように見られ、少し安心しました。
その後、
「イチゴを食べて、朝からお風呂にはいったよ。
いまんとこ大丈夫そうだから、あんたは今日はこなくてもいいよ。」、
と電話がかかってきました。
ひどくならないで、乗りきれますように。
また、報告させてください。
2012.01.17 Tue 13:17
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愛犬と、もうひとりの家族のこと。 


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f971.jpg

わたしがいっしょに住んでいる家族は、愛犬のビスケだけじゃありません。
このブログに書くのは、はじめてのことですが、娘がひとりいます。
なんともう、高校生なんですよ。
どうして、これまで娘のことを書かないでおいたかというと、
この子のことを書きはじめると、ただの娘自慢・親ばかブログになりそうだったからです。
呆れるくらいダメなところも、ありますが、
わたしが生んで育てたとは思えないほど、賢く、性格もよく、成長してくれました。
以前、しろくまの顔のついたお弁当の写真を載せましたが、
あれは娘が高校に持っていくものだし、
昨年の夏の金魚柄の浴衣を着た女の子の手の写真も、娘のものです。
ボーカロイドも、リボーンも銀魂もNARUTOも、
中学生だったころの娘が我が家にもちこんだ文化で、たいへん刺激になりました。
今は自分の目標にむかって、精いっぱい、がんばっています。

自分が生きていて楽しいのは、彼女の存在があるからです。
写真を撮って楽しいのも、家の中を可愛く飾って楽しいのも、娘がいるからです。
身長は中学生の時に越されてしまいましたが、大きな子犬のように甘えてきます。

それで。。。、
娘がいれば、夫がいるはずなのですが、
夫は娘が小学生の時に、病死しています。
つまり、わたしは若くして未亡人になってしまったわけなんです。
亡き夫はどんな人だったかというと。。。、
亡くなった人は美化していいんです。
長身の美男でした。
多趣味な人でした。
アウトドアが大好きで、お休みの日は愛車のサーフで毎週、野山に遊びにいってました。
射撃、狩猟、渓流釣り。
シーズン中は、冷蔵庫が釣ってきた鮎と山女(ヤマメ)でいっぱいになって
他のものが入らなくて困るんです。
そこで、冷蔵庫内の領土を決めるのですが、
簡単に約束をやぶって、わたしの領土に侵略してくるので、そのことで時々、ケンカをしました。
娘のことは、それはそれは可愛がってました。
小学生になって、成長とともに、女の子の多くがお父さんを嫌がる年ごろになっても、
我子だけはそうなるわけがないと信じていました。
ですが、娘も例外ではなく父親を煙たがり、
夫がどこかに誘っても、
「わたしはおかあさんとふたりでいきたい。」なんてつれない返事をされ、
「ちっちゃいときは、どこでもふたりでいったのに。。。可愛がったのに。。。」と、
ショックを受けていて、可笑しかったです。
自分の好きな趣味をしたいだけしていた夫ですが、
病気がわかってからは、治療法の選択も、その後のことも、全て任せるから、
わたしの好きなようしてほしいと頼まれました。
信頼をおいてくれていたのだと思っています。
こうして書いていると、元気だったころのことが昨日のことのように思い出されてきちゃいます。
ひとりで生き急いで、あんなに若くして逝ってしまって、あんまりじゃん。。。と思いましたが、
亡くなってから、わたしと娘が何も困らないようにしていってくれたことは感謝しています。
書いていると、いろいろ書きたくなるんですが、夫のことは今日はこのへんにしておきます。
また書きたくなったら書きます。

そんなわけで、もう長いこと娘とふたりだけなのです。
なので、家の中を白く塗りたくって、やたらと可愛くしても、誰も文句を言わないんです。
夫が健在だった時は、もっと普通な感じだったんです。

そして。。。、
わたしは夫が亡くなっちゃったわけなので、
恋愛しても、誰かに文句を言われるということもないし、いけないことでもありません。
なのですが、恋はしても、おおっぴらにはいたしません。
そして、もう結婚はありえません。
いろいろな考え方がありますし、人生観、幸せのあり方も人それぞれなので、
結婚を何度もされる人を、否定するわけではありませんよ。
ただわたしは、娘が精神的に完全に大人になりきるまでは、
(それが30才でも40才でもいいんです)、娘に母親の顔しか見せたくないんです。
今の思春期の娘に、母親の恋愛なんて、煩わしいことでしかないと、わたしは考えています。
親が幸せでないと子供が幸せではないよと、考える人もいるかもしれませんが、
それでしたら、娘にわたしのことで、
一瞬であっても煩わしい想いや、
一瞬であっても不安な気持ちにさせることは、
わたしの幸せではありません。
娘の幸せが、わたしの幸せです。

現在の、自分と娘と一匹の暮らしも楽しいです。
今の中学生、高校生は、ほんとうに忙しくてたいへんです。
やること、覚えなくてはならないことは山のようにあり、次々とこなしていかなければなりません。
風邪をひいても熱がでても休めないほど、ハードです。
わたしにできることは、ごはんを作って、体調に気をつけてやって、
必要とされれば両手をひろげて抱きしめて、
いつでも全力で(うっとおしいかもですが、)話をきいてあげること。
家は、ただただ安心できる居場所であってほしいです。

そしてビスケは、娘にとって妹のような存在です。
とても可愛がっています。
制服姿でめいっぱい撫でてから学校にいくので、
玄関先でのコロコロクリーナーはかかせません。


f972.jpg

これからは時々、娘の話も書いちゃいそうですが、
こんなに親バカな人だったのかよ。。。と、呆れられそうです。
気をつけますからね。
2012.01.15 Sun 12:24
カテゴリ: ビーグル
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