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鮭のお弁当とGW最終日の回想(ヘビーな長文) 

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チュチュオプティマ。


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なんの工夫もありませんが、昨日のモナカのお昼用に作った鮭のおべんとう。
たまごやきには、シラスと青ネギをいれました。
モナカは鮭の切り身に、旨いの旨くないのと(不味いとは言わない)うるさいんです。
これは好みのお魚屋さんのもの。

さて、今日は長文となります。

朝、モナカが自分の足をみて、
「こんなに大きいと、可愛い靴がはけるか心配~。」と言うので、
今はネットで買えば、いくらでも大きいサイズがあるから、そんな心配いらないよ、と言いました。
ニュ^ハーフの人たちだって可愛いの履いてるし。
モナカの足は、わたしより幅は狭いんだけど、足の指がやたらと長いんです。
普通の人よりも、ひとつ関節が多いんじゃないかと思うくらい。
モナカの父親の足にそっくりです。

夫が元気だったころは、GWは家族でよく遊びにいきました…なんてことはなく、
夫は一日も休まず、自分の趣味に没頭してました。

この時期は渓流釣り。
1週間休みがあれば、6日は釣りです。
6日のうちの3泊4日は、秘境のような場所に泊まりでいきます。
車で行けるところまでいって、そこから先は4駆に積んでいった小さいバイクかマウンテンバイクで。
わたしはそんなところまでついていった事がないので、想像でしかわからないけれど、
山奥の中のさらに山奥って感じでしょうか。
ヒルに噛まれまくって帰ってきたり、沢に落ちてひどい怪我して帰ってきたり、
もっていった数本の竿をすべて折って修理にだしたり。
戻ってくる日は、今日はどんなふうになって帰ってくるのかと案じてました。
もしこのまま戻らなかったら、ヘリコプターで捜索するのかな、いくらかかるの?
家にあるお金で足りる?、…なんて心配まで。
でも、病気になってからは、
頼むから釣り宿に泊まって、
ちゃんとした温かいものを食べ、お風呂に入れてもらって、布団で寝るように説得し、
よくお世話になったところがありました。
亡くなって数年は、その釣り宿から、渓流の様子と、ぜひおいでくださいというハガキが届いたんだけど、
亡くなりましたという返事をするのもなんなので、そのまま仏壇にあげておきました。

釣り、6日のうちの残りの2日は、自宅から通える川に。
夜は、友達と飲みに行く。
そういえば営業の電話も、よくかかってきてましたよ。
チラリとわたしを見て、口パクで、いってもいい?と聞くので、
さっさと行って、早く帰ってくるように言いました。
必ず鍵をもっていって、とも。
亡くなってからも、お店から営業の電話がかかってきたのかもしれないけれど、
彼の携帯は見てないからわからないまま、解約に。

そして最後の一日は、釣り竿の手入れと昼寝と射撃。
モナカが産まれる前は、クレー射撃の射撃場に何度かついていったことがありましたが、
空中でお皿が割れるのを見るのは楽しかったです。
ガンクラブの人たちは、だいぶ年上でしたが、やんちゃな人ばかりで、
缶コーヒーを買ってもらったり、
大袈裟な武勇伝を、クスクス笑いながら話を聞くのも面白かったです。
銃を構えて、真剣な表情していると、どんなおじさんも5割増しによく見えます。
わたしの夫は美男でしたので、長い銃を構えた横顔は、とてもかっこよかったです。
射撃場からの年間予定のハガキも、亡くなってから数年は届いてました。
釣り宿のハガキといっしょに仏壇に。

夫の最後は病んで徐々に弱っていたわけではなく、「急変」でした。
病気ではあったけれど、
亡くなる1週間前まで、さきほどの釣り宿に泊まりで行けたくらいに元気でした。

わたしは数時間前、いつものようにジュースやミネラルウオーターなど数種類を買い、
数日間の治療を受けるために入院した、病室の冷蔵庫にいれました。
そして、また明日くるから、ほしいものがあったらメールしてと伝え、
モナカがひとりで待っている家に戻りました。

ドラマみたいな真夜中、病院から電話がかかってきました。
夫の様態が急変したと。

かけつけたら、男性の看護師さんが馬乗りになって、夫の裸の胸を押してました。

既に意識がなく、心臓を押すことを止めた時点で、「死」となることを察しました。
少々テンパり気味だった若い医師に、
娘がまもなく着くから、それまで続けてくれるようにと、頼みました。
馬乗りになって痛々しいほどの力で胸を押されているのに、何も変わらない表情。
強制的な拍動を継続する事に何の意味があるのかとも思う反面、
たったひとりの娘なのだから、そうすることが正しいような気がしました。
自分でもよくわからないけど、そういうものだと想いました。

そしてモナカの到着後、しばらくして、看護師さんが夫の身体から離れました。

馬乗りになって裸の胸を押されていた、動かない父親の姿を、
そして、父の最期と向かいあわなくてはならない瞬間を、モナカはどう受け止めるのか、
その胸中を想うといたたまれなく、
心細そうにつないできた小さな手をギュッと握りしめました。

わたしは目の前で夫が亡くなりそうな時も、亡くなった直後も涙がでませんでした。
もちろん、後から泣く場面はいくらでもありましたが、
病院では、モナカを不安にさせられないのと、
この後、自分がやらなくてはならない、
無限にあると錯覚できるほどの様々な事柄に、意識がとびました。
まずすべきことはなんだろう、その次は。
葬儀を出すのは初めてじゃないので。

そして、ありがとう…の言葉も交わせずに、永遠の別れとなりました。

一昨日見た、藁の盾で、大沢たかお演じるSPは、妻を事故で亡くしたという設定でした。
既に意識不明で、言葉をかわすことなく亡くなり、作品の中でその事への想いを語ってました。

映画館からの帰り道、お父さんは最期になんと言いたかったのか、モナカと想像しました。

モナカは、

「へまやらかすなよ。」

だと想うと。
「えー、(おかあさんと力をあわせて仲良くがんばるんだよ)、とか、そういうんじゃないの?」って聞いたら、
おとうさんはそういうキャラじゃなかったから、そんなこと言わないと。
記憶は正しい。
よくわかってます。

わたしは

「モナカを頼んだ。あとは知らね~よ。」

絶対、これだと想う。
モナカさえしっかり育てあげれば、あとはまぁいいとw
わたしが何を買っても、誰を好きになっても、仏壇にゴハンあげるの忘れても、
「ったく、しょうがねーよな。」で、済ましてくれるってことです。

わたしの勝手な想いは、こんなふう。
ずいぶん都合がいいかもしれないけれど、
何も言わずに逝っちゃったんだから、残された人が決めていいんです。
それに当ってる自信もあります。

いつも傍で支えてくれた、わたしの母は、
「@@さんは、おまえたち(わたしとモナカ)を残して、逝かなければならなかったのが、どれだけ無念だったか。」
と泣きました。
今でも、何かにつけて言います。
またそれかよ、って想うくらいw

また亡くなる少し前に夫は、
「かーさんは(わたしの母)、オレがこうなって、しろこが不憫だと想ってるんだろうな。
かーさん、ほんとかわいそうだよな。」
と言うので、
「思ってないわ、バカ」、と返事をしました。
それより、わたしがかわいそうなんじゃんw
親は、愛されろ幸せになれ不幸になるなと願い、娘に愛情を注ぎ慈しんで育てます。
最愛の娘をもって、夫もそんなふうに感じたのかもしれないです。
あなた(母が)が大事に育てた娘さんに、近い将来、哀しい想いをさせることになるのが申し訳ないと。

わたしは夫の遺品を、人に話したら、呆れるほどの早さで処分をしました。
趣味のものも、身につけていたものも。
今でもとってあるのは、携帯とお金の入ったままのお財布と、
ビスケの散歩のときに着れそうなウインドブレーカー。
あと、渓流釣りに履いていってた大きなブーツ。
わたしはこれを物置の上において、どろぼう避けにしてます。


以上、GW最終日の回想でした。


今日は、ちょっとヘビーな話ですので、コメント欄、閉じます。
また、今月はできるだけたくさん更新したいと思ってます。
なんて書くと、そうでもなくなっちゃうんですけど。

GW最終日も、よい一日に。
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2013.05.06 Mon 11:46
カテゴリ: おいしいもの
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