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何分の一かは、綺麗な芸妓さんの血が流れていると想うとちょっと嬉しい。 

ずいぶん、うれしそうだわ...w




昨日、病院の食堂で380円のきつねうどんをすすりながら母が言う。
「おとうさんでウチは11代目だよ。お兄ちゃんで12代目。」
と。
「何代目だか知らないけどさぁ、いちいち数えるような家じゃないじゃん。」
わたしは毒を吐く。
アル中の11代目とか、本家とか、くだらないわ。

そう言いながらも詳しく聞くと、先祖に財産を潰すような大酒飲みが数人いたらしい。
「やっぱ、アル中の家系なんだ。どうしょもないね。」
というと、母はこっくりと頷く。

そして話題は、他界した母方の祖父祖母にうつる...。


わたしの母方の祖父は、アルツハイマーでした。
神奈川の伯父夫婦(母の兄で長男)の家に住み、
近くの叔母たちも参加して世話をしていたのですが、
症状が進んで、めんどう見きれなくなったところに、
母がしらんぷりなどできるわけがなく、
80を過ぎた祖父と祖母を、突如、静岡に呼びました。
そして実家のすぐ近くに空家を借りて、最期まで面倒をみました。

母は責任感ありすぎるだろ、というくらいにある人。

わたしは、気が向くと祖父のところにいって、いっしょに散歩しました。
幼いころに、数えるほどしか会ったことなくて、
なんとなく恐そうにも見えて、
祖父に対する愛着は、ないに等しかったんだけど、
母が、そりゃもうたいへんそうだったから。

祖父と手を繋いで、そのへんをぐるっと歩いてくると、
「今日は女学生さんと歩いてきた。」
と言ってました。
わたしもまだ若かったのと、
髪を長くして、ふたつに結わえたりしていたので、女学生さんでもいけたはずよ。

母の話によると、祖父を産んだ母親は、綺麗な芸妓さんだったそうです。
モナカと推測したところ、100年くらい前の明治時代の芸妓さんになるはず。
祖父は昔の芸妓さんが、いわゆる未婚の母的な立場で産んだ子。
想像を絶する、苦労があったとか。
そして祖父の職業は大工さんで、70才まで仕事していたそうです。
ある日、家中のお金を全て祖母にもってこさせて、
畳の上で、畳のヘリとお札の辺を、
ぴったりあわせてながら並べて数えていたと思ったら、
いつのまにか、いなくなっていて、
江の島で30円もって発見され、それから急速におかしくなったそうです。

アルツハイマーですので、
あっというまに、勝手にどこかにいってしまったり、
めんどうみてくれる母をピシャンと叩いたり抓ったり、
真冬の真夜中に、家中の窓を開け払って、服をどんどん脱いで裸になって大声をだしたり、
母はとても苦労していました。
母が言うには、
こういう病気になった人は真冬でも寒くないから、裸でも風邪ひかないんだよ、
風邪ひくのはこっちよ...、
とのことだけど、ほんとなのか。

でも自分がここに呼びよせた親なので、弱音を吐かないで看てました。
ほんとに根性ある人。

そんな日々が続く中、ショートステイというのでしょうか、
1週間、静岡の山奥のまた山奥の老人の保健施設?で預かってくれることになり、
わたしは、夫の運転する車に乗せて、祖父を送り届けてきました。
祖父は、わたしたちのことは、他人だと想っているようで、
いつもとても礼儀正しく、言うことを聞いてくれました。
帽子をとって、
「今日はお世話になります。」
なんて夫にアタマを下げてました。
そしてまた1週間後に祖父を迎えにいきました。
帰宅後、母と祖母に、
「オレはとてもいい温泉にいってきたから、今度おまえらも、つれてってやるな。」
と言ってましたw
大きいお風呂があったんだね。

祖父はその翌日から、バタッと倒れて寝込んでしまいました。
一週間の施設生活では、夜通し徘徊。
ぐるぐるぐるぐる回れる通路を、ずっと歩いていたとの報告だったので、
疲れちゃったのかもしれません。
大きいお風呂にもいれてもらったけど、疲れたのかな。
そして、往診の医師に診てもらいながら、家族で見守り、
三日三晩、眠り続けた後に、家で息を引き取りました。

母の兄弟姉妹、み~んなほっとしてるように見えました。

そして祖父の葬式が終わると、今度はがんばってきた母が倒れました。
祖父を往診してくれていた、おじいちゃん医師が、引き続き母を往診してくれました。
いつも困ってるような顔の祖母が、おかゆを炊いて母を看病してくれました。
「しろちゃんのおかあさんを、こんな目にあわせちゃってごめんねー、ごめんねー。」
と、ますます眉がハの字になり、困ったように涙ぐみました。
そして、母は一週間後に復活して、わたしも、困り顔の祖母も心からほっとしました。

...。

そして、お決まりの流れとなってますがw、
もちろん、この時期も父は全く手伝おうとはしませんでした。他人事。
さんざん、自分の母親を妻に介護させたくせにです。
わたしは祖父をショートステイに送って行ったのは、
楽しかったからなんでもないけど、
本来なら、これくらいは父の役目であってもおかしくないはず。
なんにもしないで飲んでるだけの父親を、娘はちゃんと見ているのよ。

そして大工さんの祖父は、最期はアルツハイマーになっちゃったけど、
わたしには、なんだか幸せそうに見えましたよ。
娘が世話してくれるんだもんね。
母は、たいへんだったろうけど...。

祖父亡きあと、困り顔の祖母も90才すぎまで母に面倒見てもらい、天に召されました。
毎朝、小さい鏡台の前に、ちょこりんと座って、
細いアイロンで髪をセットする、おばあちゃんでした。
そして洋服にもハンカチにも、きち~んとアイロンをかけ、やることがいちいち可愛くて、
話しをすると癒されました。
こんなおばあちゃんになりたい。
「しろちゃんのおかあさんに、めんどうかけちゃうよ、ごめんねー。」
って、いつも言ってました。

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さて、とりあえず、連日、爺を病院に見にいくのですが、弱ってるような、変わらないような...。
元気な日は、調子こいてそりゃ憎々しいのですが、
寝てれば寝てたで、
生きてる人じゃないみたいに見えるため、つつきたくなります。

ところで、わたしには綺麗な芸妓さんの血は何分の一、流れてることになるのかな~?
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2013.06.05 Wed 11:35
カテゴリ: 散歩・おでかけ
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